
新たな入国禁止令の内容と対象国
トランプ大統領は6月4日、国家安全保障やテロ対策のためとして、特定の国の市民の米国入国を制限する大統領布告に署名しました。今回の布告では12カ国の国民についてあらゆるビザでの入国を全面禁止とし、さらに別の7カ国について入国を一部制限する措置が取られます。対象となる国は以下の通りです。
- 入国全面禁止(12カ国): アフガニスタン、ミャンマー、チャド、コンゴ共和国、赤道ギニア、エリトリア、ハイチ、イラン、リビア、ソマリア、スーダン、イエメン
- 入国一部制限(7カ国): ブルンジ、キューバ、ラオス、シエラレオネ、トーゴ、トルクメニスタン、ベネズエラ
布告によると、これら新たな渡航制限措置は米東部夏時間2025年6月9日午前0時01分(日本時間同日午後1時01分)に発効し、それ以前に発行されたビザは失効せず引き続き有効とされています。トランプ大統領はSNS(旧Twitterの「X」)に投稿した動画の中で「我が国に害意を持つ者の入国は決して許さない」と述べ、対象国リストは今後状況に応じて更新・追加され得るとも言及しました。
トランプ政権は今年1月の大統領令で関係各機関に対し「米国に敵対的な態度をとる国」に関する報告書を作成するよう指示しており、今回の布告はその方針に基づくものです。対象国選定の理由について、トランプ大統領は「大量のテロリストの存在を抱えている」「ビザ審査で十分な協力をしていない」「渡航者の身元確認や犯罪歴の記録が不十分」「ビザ超過滞在率が高い」など安全保障上の問題がある国だと説明しています。ホワイトハウスも声明で、全面禁止の対象国はいずれも査証発給時の十分な審査体制に欠け、安全保障上「極めて高いリスク」をもたらすと判断されたためと強調しました。
過去の渡航禁止措置との比較
トランプ氏は大統領1期目の2017年にもイスラム圏を中心とする7カ国からの入国を禁止する措置を打ち出し、混乱を招きました(いわゆる「ムスリム入国禁止令」)。この初代の入国禁止令は訴訟を経て内容が修正された後、2018年に連邦最高裁が合憲と判断しています。しかしトランプ氏の後任となった民主党のジョー・バイデン前大統領は2021年に就任すると直ちにこの措置を撤回し、「この入国禁止令は国家の良心に対する汚点だ」と非難していました。今回の布告はトランプ氏にとって2度目の大規模な渡航禁止策となり、対象国数も拡大しています。なお、対象国の市民であっても永住権保持者や外交使節など一定の例外は設けられており、人道上の特別な事情がある場合などは個別審査で許可される可能性もあります。
各国・機関の反応と影響
今回の発表を受けて、対象国や国際機関からは協力や反発など様々な反応が出ています。アフリカ連合(AU)委員会はこの新たな渡航禁止措置に「教育交流や商取引、外交関係への悪影響」が及ぶ懸念を表明しました。対象国の一つソマリア政府は安全保障上の課題について米国と協力して対応する方針を示し、リストから外れるために問題解決に努める姿勢を見せています。一方、チャドのマハマト・デビ大統領は報復措置として「自国民への米国ビザ発給を即時停止するよう政府に指示した」と発表し、対抗姿勢を鮮明にしました。コンゴ共和国政府も自国がリストに含まれたことは「誤解に基づくものだ」として米側に説明を求めています。
ベネズエラのディオスダード・カベージョ内務相は「米国政府はファシストだ」と非難し、自国民に対し「米国にいること自体が誰にとっても大きなリスクだ。連中(米国当局者)は理由もなく我々の同胞を迫害している」と述べました。このほかイランやミャンマーなど一部の政府はコメントを控えていますが、対象国以外からも批判の声が上がっています。米国の人権団体や難民支援団体は「この政策は国家安全保障の問題ではなく、分断を煽り特定のコミュニティを悪者扱いするものだ」と非難し、在米移民コミュニティからも「不公平で悲しい措置だ」と失望や不安の声が聞かれます。
写真:米国の国際空港の入国審査ブース(ジョン・F・ケネディ国際空港)。

今回の新たな入国禁止令は、米国内でも論争を呼ぶとみられます。支持者は「テロ対策上、当然の措置だ」とトランプ政権の強硬な移民政策を評価する一方、批判的な声は「特定の国や地域の人々を一括りに排除するやり方は差別的で効果も疑わしい」と指摘しています。実際、トランプ大統領は最近発生したコロラド州ボルダーでの火炎瓶事件を引き合いに出し規制強化を正当化しましたが、その容疑者は今回のリストに含まれていないエジプト出身者でした。こうした点からも専門家は「包括的な入国禁止はテロ防止の観点から適切さを欠き、むしろ外交関係や米経済にも悪影響を及ぼしかねない」と懸念を示しています。
それでもトランプ政権は「自国を守るために必要な措置だ」として断固たる姿勢を崩しておらず、今後も状況に応じて対象国の見直しや追加も辞さない構えです。この入国禁止措置は2024年の大統領選で再選を果たしたトランプ氏の公約の一環でもあり、米国の移民制度や国際関係に長期的な影響を与える可能性があります。各方面からの批判や法的な挑戦も予想されますが、施行日以降、実際にどのような影響が生じるか注目されています。
出典・参考資料
- Reuters通信 英語版「Trump reinstates US travel ban, bars citizens of 12 countries」(2025年6月5日)
- ロイター日本語版「トランプ氏、イランなど12カ国からの入国禁止 安保上の懸念理由」(2025年6月5日)
- AP通信「What to know about Trump’s new travel ban」(2025年6月6日)
- 朝日新聞デジタル「トランプ氏、中東アフリカなど12カ国からの入国禁止へ 安保を理由」(2025年6月5日)